阪神淡路大震災から18年

18年前、東京の自宅にいた私は、前日にお誕生日パーティーがあり結構飲んでいたこともあって、よ~く寝ていたのですが、朝から電話が鳴りっぱなし…。しぶしぶ出ると神奈川の親戚から「神戸が大変!テレビつけて!」
そのあとのことは、よく覚えていませんが、変に冷静なとこがあって、あんなに大きな高速道路が横倒しになっているのだから、古い木造の家などはぐちゃぐちゃに潰れたにちがいない。両親も、親戚も、皆、みーんな助かりはしない!電話も繋がらず、一人ニュースを見ながらそう思いました。
「だけど、こういう場合、みんないっぺんに死んでしまった場合、どうやってお葬式出すんだろ…?」
お正月に神戸に帰らなかったことを悔やみ、「でも去年、アメリカに呼んでナイアガラまで連れてったから、ま、いっか」などと、あとで考えるとなんて不謹慎で薄情なことでしょう。
たぶん頭がパニックだったのだと思います。
10時過ぎに母から電話があり無事を確認。とりあえず安心してお稽古に出かけました。
しかし、夜になり、ニュースでは、うちの実家に火が迫っている様子が中継されています。
母と連絡が取れたのが、それから3日くらい後でしょうか。「何も持ち出されへんかった、宝塚の緑の袴も焼けてしもた、ごめんね」両親は、本当に着の身着のままで焼け出されたのでした。
少しして、宅配便が機能するようになってから、宝塚の同期生やそのご家族から、避難していた祖母のマンション宛に、それはそれはたくさんの物を送っていただきました。
今でも実家に帰ると、「これは震災のときに○○ちゃんにもらった」「これは○○ちゃんのお父さんのをお母さんが送ってくれはった」と、嬉しそうに説明する母。
悲しい辛い出来事でしたが、たくさんの、本当にたくさんの「愛」をいただきました。
命があったからこそなのです。「感謝」しなければ…。

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